ナルコレプシーです、お見知りおきを

世界で日本人が一番多い過眠症、ナルコレプシーに関係あること、ないこと。

当ブログのスクリーンショットをインターネット上に載せるのはご遠慮願います。
インターネットとは個人ブログやTwitterをはじめとするSNSのことも含みます。

過眠症の人、疑いがある人向け。どれだけ眠いと寝落ちるのかを測ることの すゝめ

f:id:ri_tc:20170117031748j:plain

起きていること(覚醒) を維持するための脳内物質(オレキシン) が著しく少ない病気、ナルコレプシー

よって、いつでも眠るし、どこでも眠る。上記画像のような雪景色の中だったとしても(実体験)

 

 

スポンサーリンク

 


目次

 


覚醒と睡眠はシーソーのような状態である

重い睡眠側】と、【軽い覚醒側

 

通常は【重い睡眠側】の方に傾いている。

一般的に覚醒中は、その脳内物質が重石の役割をし、覚醒を手助けしている。よって、「起きていよう」という意思があれば、覚醒し続けることができる。

 

その重石が ほとんどないナルコレプシー勢は、簡単に 覚醒と睡眠を行き来する

(参考文献:『睡眠の科学 /櫻井 武』)

 

私は、上述した過眠症 ナルコレプシーを発症しているため、「眠い」を(脳内物質だけでは) 処理することが出来ません。

そのため眠くなったときは、外的要因でわずかに時間を延ばすか、眠るのかの二択しかありません。

 

外的要因: 痛みを与える(つねる、ひっかく)、刺激物(ミント系タブレット)を口にする、カフェインを摂る など

 

これらのことを実施しても、起きていられる時間が ごくわずかに延びるにすぎません。しかし、眠気を感じる早い段階であるほどに効果的である(MAX100だとしたら、10~20くらいのとき) ことも事実です。そして必死に悪あがきをし、頃合いを見計らって仮眠しています。

 

その他の対処方法としては、一つのことを集中的に行う時間はなるべく短くなるようにしています。刺激を与え続けることが(私にとって)不可欠なのです。

 

 


今日のすゝめ

f:id:ri_tc:20170117032356j:plain

自分が感じる 眠気の程度を測ること

我々のような過眠勢が この社会で生活し続けるにあたり必要なことだと思います。まだ やったことがなければ ぜひ。 

 

もし普段意識していなかったとしたら、眠気を意識することに意味があるのです。

 

(以下、普段から眠気の程度を意識している人には余計なお世話かもしれない内容です)

 

 

眠気を測るときに使用する手段として 私が推すのは「読書」

 

  • 活字、漫画 問わない:願わくば活字
  • 紙媒体:画面の光や、読み込み時間などを排除するため
  • 座った状態 :寝転がると それだけで眠くなる)
  • 選択する本は 自分が興味を持てる分野・内容であること

 

音楽もかけず、他の刺激がない状態で、ただ読書に没頭してみてください。そして内容だけでなく、眠気がどのように強くなっていくのかも感じてください

 

日常生活ですと、起きていようとしていることに必死で、眠気の程度を測るのは難しいものです。ただ起きているだけで いっぱいいっぱいです(少なくとも私は)

 

一方、プライベートな時間による読書中ならば、寝落ちても誰に叱責されることは ありません。ただ「寝落ちた」という事実だけです。落ち込むこともありません。そして この機会に以下のことを感じ取るのです。

 

  1. どの程度までの眠気ならば、文字情報を受け取ることが出来るのだろうか。
  2. どの程度までの眠気ならば 、文字は読めるが、情報を処理することが出来なくなるのだろうか。
  3. そして、どの程度まで眠くなると、意図せずに眠ってしまうのだろうか。

 

何度か実施すると、日常生活においても ある程度 境界線が測れるようになります。あくまである程度。

 

 

次の段階は、

「寝落ちる前に読書を中断すること」

自分の状態を認識し、先駆けて行動するのです。手遅れになる前に動作を切り替えようという判断を下せるようになります。

 

 

もし読書ではなく、例えばオンライン対戦ゲームであった場合、寝落ちてしまえば相手方に大変な失礼と迷惑と、そして不快感を与えてしまうことでしょう。顔を突き合わせていないのですから 余計に。相手方が抱く感情は推し量れません。

 

後味の悪い結果を残さないためにも、自分自身を意思で制御できなくなる前に意識が朦朧もうろうとする前にやめる・退出するという判断をするべきなのです。

 

日常生活で、このように行動を切り替えようという判断を下すべき場面は いつでもあります。どうしてもその場から動けないという状況でない限り。決してオンラインにかぎった限ったことではありません。

 

 


まとめ

f:id:ri_tc:20170117032620j:plain

私も過眠症の一人なので、居眠りや、寝落ちてしまうことが(我々にとって)仕方がないことであると痛いほどわかっています。

 

しかし自分と関わる全ての人が私の持病を知っている訳ではないのです。申告したとしても、一定数の人は「仕方がないこと」だと認識してくれません。 そのことに対して、「ひどい」「つらい」と思っていても不毛なことです。

嘆くほどに世界が変わるのならば、この限りではありません。けれども実際のところ いくら嘆いても現実は変わりません。

 

嘆きの感情が啓発運動を促進していく要素の一つなのでしょうが、日常生活においては 常にそうしている必要はありません。

 

嘆くよりもすべきことなのは、どのように対処していくのかを考えることです。言葉を変えれば、一般のルールに沿っているよう「擬態ぎたい 」することです。人それぞれの工夫があることでしょう。処方薬を飲むこともまたその一つです。体質的に薬が合わなかった私は服用しない生き方、行動を模索しています。

 

 

今回は私のすゝめの一つとして提言しました。 なぜ読書だったのかというと

 

  • 本と向き合う時間は 他の何物・何者によって邪魔されることがない
  • 情報を処理するという点で脳を使うことにもなるため、自分の状態を感じ取りやすい
  • 寝落ちたときのリスクが少ない

 

とまあ、このように並べましたが、一番は、単に私が読書が好きってやつです。指先一本で操作できてしまう電子媒体よりも、紙の方が めくるという動作や質感など様々な刺激があるのでいっそう好きです。

 

 

読書が合わない人だった場合は、代わりに行う動作はなんでもよいと思います。ただ実施することは同じです。自分だけの時間(プライベート) のとき、眠気が強くなっていく様を感じ取り、制御可能・不可能の境界を模索するのです。

 

繰り返しになりますが、普段意識していなかったとしたら、眠気を意識することに意味があるのです。

 

制御できない眠気は  ただ私を苦しめるだけの  ものではありません。私の一部であり、私の人生の一部なのです。

 

それが今回ことを述べた理由です。

 

眠気を測り、どれだけ先駆けようとしても、寝落ちてしまうこともあります。とても絶望的な気持ちになります。

この先の人生、意図せず眠ってしまう回数をゼロにすることは おそらく出来ませんが、減らすことは出来ると思うのです。

 

スポンサーリンク

 

 


番外編

スマホやタブレットで電子書籍(活字) を読むときには 上手く頭に入ってこないことがあります。また、一回の読書時間が紙に比べて相対的に短くなる傾向にあります。眠くなる以前に飽きるのが早いってやつです。

 

その理由は きっと電子書籍は味気ないからでしょう。指先に紙の質感を感じ取り、本の大きさ、重さを味わうこともまた、読書なのでしょう。

(もちろん電子書籍も必要に応じて利用しますし、便利なものです。それでもやはり紙の方が好きです)

 

紙の本を買いなよ。電子書籍は味気ない

 

本はね、ただ文字を読むんじゃない。自分の感覚を調整するためのツールでもある。

調子の悪い時に、本の内容が頭に入ってこないことがある。そういう時は、何が読書の邪魔をしているのか考える。調子が悪い時でも、スラスラと内容が入ってくる本もある。何故そうなのか考える。精神的な調律。チューニングみたいなものかな。

調律する際大事なのは、紙に指で触れている感覚や、本をペラペラめくった時、瞬間的に脳の神経を刺激するものだ。

引用:『PSYCHO-PASS サイコパス』第15話 槙島聖護まきしましょうごのセリフ


関連記事