ナルコレプシーです、お見知りおきを

世界で日本人が一番多い過眠症、ナルコレプシーに関係あること、ないこと。

自分が他の人と違うのではないかと、初めて疑った日

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思い出話。

 

高校生活が3年目のとある日。教育実習生として、大学生の方々が何人もいらっしゃった。彼らは2週間の実習期間中、各教室で授業を行い、そして去っていた。

 

今日の話は、その中の一人の教育実習生とした会話について。彼女との会話の中で抱いた疑問だ。

 

 

彼女は政治経済 担当だった。よって、各クラスにおいて、授業は週に1回しかない。そのため彼女の授業を受けられたのは、全部で2回。

 

その彼女の授業の受講も、私の人生における いつもの例に外れなかった。やる気はあるし、それなりに真面目に聞いている。しかし終盤は意識が朦朧になるのが、いつもお決まりである。

 

 

彼らの実習が、もう あと2〜3日で終わる頃。 放課後に友人を含め、政治経済担当の彼女と いくつかの雑談を交えた。途中、実習の振り返りになり、そして彼女は言った、

 

「(筆者と同じクラスメイトの) ◯◯くんが『1回目の授業は寝ちゃってごめんね、今日(2回目の授業) は最後だから、寝ないで ちゃんと起きてるね』って。それで、ちゃんと言った通りに起きていてくれたんだよねー」

 

私には、そのクラスメイトのもの として出てきた言葉も、彼女の言葉も、どちらも理解することができなかった。何を言っているのだろうと感じたのだ。

「寝ないで起きているね」? 「言った通りに起きていた」?

 

私はいつだって、寝ないで起きているつもりでいる。しかし、中学生以降にそれを完遂できた回数はごく僅かだ。数えるには片手しか使わないかもしれない。宣言した通りに「眠らないこと」を、実行できるのが不思議でたまらなかった。

 

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今になって思えば、睡眠に対しての違和感は、それが始まりだったのかもしれない。「起きていようという意思があれば、眠らないでいられる」そんな人たちとの決定的な違いを。

 

しかし高校生は、終日、居眠りをしている人が視界に入るのだから、決定的な違いが確信へと繋がることはなかった。そして更に何年も時が過ぎた。

 

 

過眠を発症していると知らずに過ごした学生時代は幸せだった、と同時に不幸だった。

 

 

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